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ジャクソンポロック展 @東京国立近代美術館 [君にARTを!]

ジャクソンポロック展に。
久しぶりに妻と2人で。

今回ボクの周辺でここ近年最も来場した人が多かったことや、
個人的にも興味があったので、足を伸ばす。

平日の朝から行ったので余裕は確実に。

とにかく、創造者は自分が空っぽになっても創造しなくてはいけないという
事実が如実で。
見ているコッチがなにか鷲づかみにもされる衝動にも似て。

苦しい。

留まることができず、発展させることにも背け。
そして、結果や批評に満足せず。
自分の中でも未消化でも、前に進むことを望み。

転がった先でも、休まず。
アルコールに溺れ、そして蝕まれ。
それでも前に。

そして、途切れてしまう感じ。

生きることよりも創造することが最初にある人の生涯を垣間見たようで
それは衝撃的だった。

作品そのものよりも、作品を生む過程が実にスリリングであり、
逸脱している。
それでいて生み出したものが怪物的発想と創造でありながら、
その怪物を育まない、過去を顧みない姿勢には正直、ボクの人生ではよくわからない。

とにかく生きるスピードが違うんだと思う。

作品も図録を買って、幾度か読み返してるがやっぱり苦しくなる。
全盛期と呼ばれる時期が、本当に全盛期だったのか?
幸せと呼ばれる一般的な価値の枠組みの時間は、本当に幸せだったのか?
となにか問いたくなってしまう気持ちが前に前に出てくる。

答えはボクには当然わからない。
でも、すさまじい感性の洪水とその吐き出す水の盛隆を見つめながら。

一見、適当ととられがちな。
カオスだ!くそったれ!と評されてしまう部分。

それはただの手法や発想ではなく、地図のように緻密で苦悶の中に存在する
作品の形だと理解したい。

カオスなんかじゃない!くそったれ!

作品を否定されることは、人生を否定されることなのかもと
初めてそんなことを思った。

PA0_0247.JPG

と、上の作文を一ヶ月少し前に書いてるが、
今も感想は変わらない。
これからもきっと変わらないと思う。

作品の対価=評価と思っていなかったんだろうなと思ったし、
自分自身の葛藤というデスレースに降りなかっただけのことで。
アメリカンドリームがどうこうなんて、勝手に周りが言ってるだけの程度だなんて、
そんなことすら思える。

作品のプロセスで気持ちが苦しくなる感覚は初めてのことで、
動揺したことは事実。
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