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理性と良心の境界 [INFOMATION]

毎年BLOGには、太平洋戦争についてのなんらかの記事を書くようにしています。
特に夏には。

15日の正午の黙祷も。
やっぱり背筋伸びる想いです。

理性と良心の境界という部分。
例えば、ハーケンクロイツ。
ヨーロッパ、特にドイツでは身につけることすら犯罪にもなる。

ただ、ヘルスエンジェルズには多様され。
日本にいる限りは、罪にもならないし、
あわよくばカッコイイとまでなってしまう。

ただ配慮が必要な部分ではある。

例えば、9.11世界貿易センタービルを背景に、
PVでも作ろうもんなら、国際問題にもなりかねない。

国の文化において、配慮すべき部分は多分にあり、
知らなかったでは済まない部分や、カッコつけ、エンターティメントでは
理由にはならないことが沢山ある。

反戦を歌うわけでもなく、国を繋ぐわけでもなく。

『I'm Coming』 - Rain featurnig Tablo



正直、韓国がどうとか、どうでもいいけれど。

原爆ドームを使うのはダメだ。
しかも、安易に使うのは。

広島の韓国の人への偏見は、強く残ってるようでその処遇は
本当に酷いものだったという話も読む。

それでも、8月6日少なくても2663人(2011年8月5日現在 )の韓国の人が亡くなっている。
実数は10倍以上とも言われている中、安易に踏み込んでいい領域ではない。
両国においての話だ。

現代、風化の中で。
「戦争」という言葉が安易に飛び交う。
ジョークでも笑えない単語だと想って欲しい。

歴史を知らない人間が、簡単に口に出す言葉で、
学ぶべきだと想う。

どんな背景だろうが、どんな攻勢だろうが、
どんな理由であろうが、互いに死んだ人々がたくさんいて。
その後ろには、ほとんど家族がいる。

それは事実であり、現実である。

ボクは韓国に行ったことはないが、安重根の記念館には行きたいと想う。
韓国の人が観光で、靖国を訪れる感覚にも似てるのかもしれない。
少なくても、僕はそういう気持ちで対峙するだろう。

まちがいなく、侵略戦争を懺悔するなんて話じゃない。

知る為。

今更ボクらの世代が、懺悔して何になる?
懺悔は後ろ向きだが、ボクらは前を向くべきであり、
知ることはしても、それを悔いても何も始まらない。

後ろ向きの話が多すぎて、会話するにも呆れてしまう。

今を生きるからこそ、今の過った解釈は声をあげて間違ってると言っておきたい。

何を考えてるかはわからんが、常軌を逸している。
この『I'm Coming』 - Rain featurnig Tabloを取り巻くすべては、クズであると。

原爆ドームがあういう形である以上、
カッコつけて、広島原爆投下後みたいなイメージで、PVなんか作るんじゃねぇ。


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